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「嘘でしょ…」


「・・・」



「なんで私なのよ…


「・・・」



「一子さんがそんなこと言うはずない!」




「…チャンスをあげます」

「え!?」



「もう過去に囚われないで、


陽介さんの事も忘れて


杉下理紗さんの、今の人生を歩んでください」



「なにそれ…」



「私、貴女のように、誰かを壊したい気持ちなんてないの」


「このまま貴女があの車に乗って立ち去って、それで終わればいいと思ってます」

「なにバカな事言ってんの!?」


「やっと見つけた陽介さんを、諦めるわけないじゃない!」
「あの人を一番愛してるのは私なんだから!!」





「…ふぅ」




「ほんの少し言いにくいことがあると、

作り笑いで少しだけ時間稼ぎをする癖、知ってます?」



「豆腐は苦手なのに、ナスと一緒にお味噌汁にすると、

文句ひとつ言わずに食べたり」


「靴はいつも左から履いてるのに、何故か靴下はいつも右からとか」

「人よりも腕が長いことが、唯一のコンプレックスだったりとか」



「理紗さんはその、『一番愛する陽介さん』の、一体なにを知っているの?」



「それは吹奏楽で

「どんどん湧き出る新しいアイデアを目の前で実践して、

吹奏楽団の人達に、まるで魔法をかけたようにそれらを体感させて」


「とん風で、あまりにも気持ちのいい食いっぷりに、お店から

クリームコロッケをおまけでもらって、いつの間にかそれがメニューに定着して」

「!?」



「そういう『単なる思い出』なんかじゃなく」



「貴女は『陽介さん』の、何を大切に思って『愛してる』と言ってるの?」



「・・・」



「それに本当に愛してたら、『復讐』なんて…


…彼を壊した後に『笑ったり』なんて出来ない筈でしょ?」



「・・・」



「じゃあ、私の11年はどうなるのよ…」

「そんなの知らないわよ」


「11年も経ってるのに、自分のところに戻る筈って…

結局は自分の事しか考えてないじゃない」

「そんなことない」


「陽介さんに対して献身的に尽くしてる、『そういう自分』を愛してるのよ」

「そんなことない!!」


「もう貴女にできることはなにもないの」


「たとえ仮の戸籍を抹消しても『繋がりは消えない』し、

陽介さんの横には私がいるんだから」

「浮気相手がなに言ってんのよ!!」



「もう諦めて帰ってください、でないと私

「帰らない!!」




「・・・」





「…ふぅ」


「わかりました」




「ではひとつ、理紗さんにお尋ねします」

「な、なによ!」



「最初に陽介さんがいなくなった理由、理紗さんはご存知ですか?」

「知らないわよ!!」


「なんの連絡もなく、突然消えちゃったんだから」

「私が知ってるわけないじゃない!」




「一番最初の陽介さんも、



貴女が壊してしまったの」


「!?」



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